厚生省時代

なぜ厚生省を選んだのか

 開発援助の国連機関に勤めたいと志しましたが、日本のベーシックヒューマンサービス (つまり厚生行政に該当するもの)を学んでからと考えて、入省しました。

ハードハードハードワーク

 法律改正、予算編成などで寝ても覚めても酒飲んでも仕事一色の日々でした。

子育てキャリアウーマン

 子どもは一人、生んですぐに離婚。ベビーシッターさん、保育所の保母さん、お手伝いさん・・・いい人に恵まれて、一人息子はそれなりに(?)成長しました。0〜4歳まで、インドで育ち、現地の家事労働者に育てられたため、性格は「インド人」になりました、正直なところ母親らしいことは何もせず、3歳になる前に2人で世界一周旅行をしたのが思い出です。

国会を裸足で駆け抜ける

1997年、児童福祉法改正の担当課長の時、政治家への根回しに大忙しで、ハイヒールを脱ぎ、 赤じゅうたんを裸足で駆け巡っていたので有名になりました。

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